ハリウッド俳優 オビー•ショウ
全てはここから...




俳優になる…。それは誰もが想像するより遥かに険しい道のりである。ましては異国の地、アメリカで一流俳優になる事は一筋縄ではいかない。1992年10月27日、東京都新宿区で生まれた少年オビーは、友達の影響で始めたサッカーや、祖父から教わった油絵画をしながら友達や家族と楽しい日々を過ごしていた。彼が小学生の時、学校のイベントの一環で演技に触れる。オビーにとって初めての演技はとても特別な事のように思えた。大勢の観客を一瞬で魅了してしまう”演技”という芸術はその後の彼の大きな決断に関わってくる。

両親の仕事の都合により、オビーは東京を離れ、世界自然遺産にも登録されている鹿児島県南部の屋久島で新たな生活を迎える事となった。自然豊かな土地で8年過ごした彼に大きな転機が訪れた。彼が高校3年生の時、毎年行われていた英語スピーチコンテスト鹿児島県予選で最優秀賞を受賞。その半年後、全国大会で2位に輝くなど語学の能力を定着につけていった。高校を卒業後、オビーは鹿児島のIBS外語学院に入学することを決断。英語のスピーチライブで有名なiBS外語学院。彼の英語を活かすにはもってこいの場所だった。iBSには学業の集大成としてスピーチライブが行われている。大勢の人の前で、自分の英語がどれだけ成長したかを確認してもらう意味も含まれている。オビーはこのスピーチライブに彼の集大成として一人芝居に挑戦する。決して納得のいく演技ではなかったものの、彼の演技を見ていた人たちから喝采を浴びる。もっと人を楽しませたい。納得のいく演技がしたい。この経験と気持ちが彼を俳優の道へと導いたのだった。

その後20歳になったオビーは2013年1月にアメリカ・ラスベガスに移る。エンターテイメントに力をいれ多くの人々を楽しませてきた眠らぬ街。そこで彼は舞台演技、フィルムの演技を学び、俳優として本格的に始動した。そして彼の俳優としての意識を変える大きなキッカケがあった。世界を舞台に活躍する若き日本人マジシャン・原 大樹との出会いだった。オビーと年齢もそう変わらないマジシャン。世界を相手にして活動している彼にオビーはアシスタントとしてPVに出演したり、手伝いをしたりする事で彼からプロ意識を学ぶ。一流としてどうあるべきか、なにするべきかを悟っていった。マジシャンと俳優、カテゴリは違えど、人を魅了するという部分では共通している。マジシャン・原 大樹との出会いが彼の意識を大きく変えたのだ。

現在オビーは、俳優としてアメリカ、カナダを舞台に活動している。様々な映画やコマーシャル、ミュージックビデオに出演し、中には主役としての出演もある。まだまだ短い俳優活動の中でも彼が演技を通じて学んだことがある。

「出会いと経験というのは人にとって宝である。演技を励む事に寄って出会いがあり、様々な経験をさせてくれる演技がそれを教えてくれる。一流の人は、この世に一人しかいない自分と向き合い、人に感動と勇気そして、愛を与えることができる。俺はそういう人になるために邁進していきたい。」

彼が理想とする俳優に少しでも近づけるように、沢山の人を一度に魅了する俳優に。
ハリウッド俳優オビーはこの険しい道のりを走り始めたのだ…。


 

OBie Sho (オビーショウ/ 本名: 尾畑 祥) 

1992年 10月 27日(蠍座)
東京 生まれ / 屋久島 育ち,  バンクーバー在住
血液:A型
趣味:スポーツ全般、ドライブ、歌う、服作り、他言語習得
特技:テニス、サッカー、英会話、絵
KONA Special: OBie Sho
HUFFPOST: OBie Sho
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